窓をあけて空をみよ

戸建に引っ越し。買わずに、大切に、気持ちよく。

アンティークテーブルの脚を切る

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20年以上使ったダイニングテーブル。

とても重く、下にはクロスバーがあり、イスも重いので

テーブル下の掃除が億劫になってきた。

 

最近では家族そろってダイニングテーブルで食べることもほとんどない。

娘とふたりのときは、たいてい録画したドラマを見ながら食べるので

テレビを見やすいソファ前が定位置。

 

以前から「狭いリビングにダイニングテーブル+ソファ+コーヒーテーブルは多すぎ」

とおもっていたけれど、家族の理解をえられず、ソファ処分は絶対許されないようなので

ならば・・・と、思いきってテーブルのイスの脚を切って座卓にしてみた。

ずいぶん前から構想はあったけれど、高価なテーブルだったし、なにより思い出の家具。

なかなか勇気がでなくて長い時間保留状態だったけど、なんだか急に「よし、切っちゃおう!」

という気分になったので、のこぎり片手にギコギコ。

 

切ってよかった。

テーブルの重さは、天板がかなりを占め、座卓にしてもなかなかの重さがあるので、

それはいいのか?…という気もするけれど、もやもやしながら使っているより、気持ちも新鮮。

 

ただ、高さのある台は欲しいので、空いた場所にカウンターテーブルのようなものをつくろうと思う。

洗濯物をたたんだり、ササッとご飯を食べたりできるくらいの。

皮がむけた手が治ったら。

主婦のモノはどこにおく

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わたしに個室はない。

ダイニングテーブルで、ミシンをかけ、洗濯物をたたみ、書類の整理する。

パソコン作業や手帳を書いたり、お化粧をしたり、おやつも食べる。

テーブルがわたしの場所。

そのため、必要なものを、ひょいとテーブル脇に持ってこられるようにしてある。

そのうちのひとつが、リビングからロフトへあがる階段においてあるバッグ。

この中に日記だったり、使いかけのものだったりをざっくり入れてある。

イスは来客のときに使ったりもする。

リビング内を数歩歩けば、自分のモノに手が届く。

家族には「リビングに個人のものを出しっぱなしにしないで」というけれど

わたしはリビングに自分のモノを置いている。

いちばん便利なのは、わたし。

au卒業

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もうauやだー!と思ってから、格安SIMに変更するために、いろいろ検討した。

そもそもMVNOってなに?仮想移動体通信事業者??SFみたいだー!

というレベルからはじまって、ずいぶん勉強してかなり詳しくなった。

今はどこもチャットで問合せできて、これがとてもよい。

auを解約するにあたり、auにもずいぶん電話で問い合わせた。

auのオペレーターが「~だと思います」とあいまいに言おうものなら

「~という認識で間違いありませんか?」とかなり念をおし確認した。

ずいぶん前(今回のauやだ!とはまた別で)「auさん、それは話が違いますよね」

となったとき「通話記録を確認しますのでお時間を頂戴します」となり

後日、auが「こちらの案内に不備がありました」ってなったことがあるので

大事なことは通話記録の残る電話で。

事業者も数社比較してみたり、SIMカードをお試ししたり。

申し込んでみると、手続きはびっくりするほど簡単で、こんなことならもっと早くすればよかった。

使っているうちにいろいろあるかもしれないけど、とりあえずスタート。

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とにかく歩きだしたい

これまでの人生、すべてにおいて考えすぎてきたように思う。

考えてばかりいると、悪いことばかり浮かんでくるから

精神的に、ものすごく疲れる。

失敗したらどうしよう、とおもうから決断ができない。

自分のことだけならまだしも、家族に起こる出来事も

自分のことのように不安に思うし、

自分のこと以上になにもできないから、さらに疲れる。

 

でも、50歳まであと1年と少しとなった今、ちょっと思う。

立ち止まっている時間なんてないんじゃないかと。

考えて考えてなにもしないより、とりあえず動こう。

考えすぎる欠点を、年齢の焦りの感情がほどよくカバーしてくれる。

 

あまり考えもしない(以前よりは)で行動に移すと

無駄になったり、手間が増えたりすることもあるけれど

考えるだけで時間が過ぎていくよりはいい、と思うようにしている。

まだ「思うようにしている」だけど、いずれ「思う」と言いたい。

 

娘たちから、なにか相談事を受けても、まずは自分に言い聞かせる。

大丈夫、今までさんざん心配してきたけど、いつも大丈夫だったじゃない、と。

心配はするけど、大丈夫大丈夫。

 

あ、今気づいたけど、わたしは誰かに大丈夫って言って欲しかったんだ。

ま、そんなことはいいか。

自分で自分に、大丈夫大丈夫、って言って言い聞かせて

どんな道でもいいから歩きたい。

 

できれば歩いたことのない道を歩いてみたい。

おでんは保温でじっくり

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おでんの味をしみ込ませるには、長い時間に煮込むのではなく

長い時間をかけて冷ます、ときいたことがある。

土鍋でおでんをつくり、あとは布でくるんでおいておくだけ。

保温カバー、というほどのちゃんとしたものでない。

使わなくなったバスタオルとウールの布で四角く縫っただけ。

新聞紙でもいいらしいけど、さすがに新聞紙はね・・・。

でも綿帽子みたいなものは少々面倒。

カレーや肉じゃがのときにも活躍。

気持ちを落ち込ませるほどの我慢

子どものころ始めた武道は、2年でやめたくなった。

厳しい母は、自分で言い出したことでしょ、といってやめさせてくれなかった。

それからまた2年がんばった。

何度さぼっても、激しく叱責された。

ドクターストップがかかったときは、これでやめられると喜んだのに

それでもやめることは許されず、痛み止めの注射を打ちながら試合に出た。

日本を代表するアスリートじゃあるまいし。

やめたい理由も聞いてもらえず、やめさせたくない理由も言ってくれなかった。

結局8年。

 

このことを人に話すと忍耐力がついてよかったね、と言われる。

でも、忍耐力というよりは、ただただ我慢していただけ。

困難を乗り越えるとか、やり遂げるとか、そんな前向きなことではなく

鬱積した感情をただひたすら持ち続けていただけ。

もしかしたらひとつやふたつ楽しい思い出もあったのかもしれないけれど、

思い出されるのはただただ辛かった、ということだけで、

でもその話になると母親を責める口調になってしまうので

どうしてそこまでして続けさせたかったのかも聞いていない。

ものごとを嫌々続けるデメリットは、忍耐力がつくというメリットをはるかに超えていた気がする。

 

だから、自分の子どもには、やりたいことを挑戦させたかったし、

やめるときも本人の意思を尊重したいと思ってきた。

嫌なことを我慢し続ける忍耐力よりも、やりたいことのなかで遭遇する困難を

乗り越える忍耐力をつけてほしかった。

 

こどもには未知の世界を知るきっかけをできるだけ多くつくるようにした。

親であるわたしにもいろんな思惑や期待はあったけれど、そこはこらえて、

子ども自身がもっともっと!という強い気持ちが出てきたときに,

よし!と応援するようにした。

そのほうが意欲も高いし吸収も早い、なにより楽しんでやっていたように思う。

だからなのかもしれないけれど、そんなふうに始めたことは、

やめるときに「やめたい」とは言わず「やめる」だった。

やめたい、のではなく、やめる「時」がきた、というすっきりとした意思があった。

 

それでも次女が「やめたい」といったこともある。

やめたいと言い出す1、2か月前からなんとなく悩んでいるのは気づいていたし、

理由も納得できた。簡単にやめたいって言ってるんじゃないことがわかったから

それは「やめたい」で良かったと思う。

 

忍耐力は必要。

でも、気持ちが落ち込んでしまって抜け出せないほどの我慢は必要ない。

と、わたしは思う。

自分で決めるということ

娘たちには、進路などで迷ったとき、自分の行きたい道を選んでいいよ、と言ってきた。

そのほうがあとで後悔しないと思ったから。

 

でも、自分で決めるというのは、決断するその時よりも、その後のほうがしんどいのではないか。

自分で決めたことは、壁にぶつかったとき人に八つ当たりできない

誰のせいでもない、自分で決めたのだからこうなったのは自分のせい、と思いがちだから。

いくつかのことを娘に決めさせたものの、弱音を吐かない子だったから、

かえって辛い思いをさせたと感じたこともある。

もう少し強く親の意見を言ってもよかったかな、と思うこともあった。

 

でも、その時その時、真剣に考えたことなら、その時の決断を悔やまなくていい。

あとから、あれ?こんなはずじゃなかったのに、って思ったら、今を愚痴ればいい。

自分が歩んできた道に間違いなんてない。

 

 いま、また進路で悩める娘へ。

Aに進んでもBに進んでも大丈夫。

Aを選んでも、またBを始めることだってできる。

途中でCに行きたくなるかもしれない。

 

自分で決めたからって、自分だけで抱え込むことはないからね。